いい人と学校でいい子と言われる人は違うの?
11月最終週も研修生が来てくれました。姫路市にあるフリースクールのらのスタッフです。自分のスクールにいかそうと、またご自身の成長のために熱心に学びに来てくれました。
まっくろくろすけの子どもたちとも楽しそうに過ごしていました。一緒におしゃべりしたり、掃除したり、ミーティングしたり、コミュニケーションゲームをしたり…。
創立時からいるスタッフとの話し合いでは、「今まで苦労されたことは何ですか?」と聞かれました。
「初めは9歳から4歳の子どもたちと始めたので、ここで育った大きい子がいませんでした。だから、保護者はどんな人に育っていくのだろう…と心配な方もいました。今はOBOGもいるし、10代後半の子もいます。新しい保護者もその子たちを見て、前ほどどうなるかイメージできないといった人はいないと思います。ここの大きい子たちはいい子たちなので、こんな人に育つならと安心される方もいます。いい人って、簡単な言葉を使いましたが…」と答えました。
すると、研修生が「わかります。ここの大きい子たちは人人として、いい人、気持ちよく付き合えると思います。学校でいういい生徒とは違いますが…。」
どうして学校でいういい子と、学校という枠を外した時のいい子もは違うのでしょうか?
ここに今の子どもたちを取り巻く息苦しい状況を改善していくための視点の一つが隠れている気がします。考えを巡らす興味深い切り口です。
デモクラティックスクールでは教科別に学びを評価されることはありません。成績などの評価によっていい生徒ということはありません。
互いが自由にやりたいこと・学びたいことに励んでいるので、スクールという一つの環境の中で互いの尊重して、折り合って過ごせていれば、誰かに問題視されることはほとんどありません。我慢による共存ではなく、話し合い、理解し合い、時には理解し合えない人とも、知恵を絞って共存していくことを実生活として体験しています。
そんな環境では周りから信頼されている子どもはどんな人だと思われますか?
興味を持たれた方はぜひ見学・研修にいらしてください。
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https://distance.media/article/20240509000215/
台湾のオードリー・タンさんのインタビューにオルタナティブ教育について語られていました。
そこにオルタナティブ教育ではコンピテンシーを重視した教育ではないかとの指摘がありました。
面白い記事なので、併せてご紹介させていただきます。